オリーブ山での説教|マタイの福音書24章1-26章5節

左側にはオリーブ山で弟子たちに語るイエスの姿、右側にはイエスを殺そうと企む祭司長たちが描かれ、画面の中央で対比されているイラスト。 教えとたとえ話|心に届くことば

🌱はじめに

夕暮れの光がオリーブ山を包むころ、イエスは弟子たちに向かって静かに語り始められました。それは、これから起こる出来事、世の終わりのしるし、そして私たちの心の備えについての深い教えでした。

主は、ご自身が十字架に向かわれることを知りながらも、愛する弟子たちのために、そして後の世代を生きる私たちのために、惜しみなく真理を語ってくださいました。

そのまなざしには、混乱する世界を前に恐れを抱く人々への憐れみと、最後まで信仰に立つ者への希望と励ましが込められていたのです。

このオリーブ山の説教は、終末を語る預言でありながら、イエス様の深い愛と導きが溢れる、特別な教えです。



📝この記事を読むとわかること

  • オリーブ山でイエスが語られた終末預言の流れ
  • マタイ24〜25章における8つの教えの要点
  • イエスの十字架に向かう心と計画の始まり
  • 黙示録と響き合うイエスの終末預言の構造

📖 この箇所の文脈|オリーブ山における最後の教え

前回、イエスは神殿を出る際に「この石ひとつも崩されずに残ることはない」と語られました(マタイ24:2)。弟子たちはその言葉の意味を深く知りたいと願い、イエスとともにオリーブ山に上がります。そこで彼らは、世の終わりと主の再臨について質問しました。イエスはそれに応えるかたちで、私たちにとっても重要な8つの教えを語られます。

この教えは、後にヨハネに啓示された「黙示録」に記されている終末の幻と深くつながっています。イエスご自身が語られたこの預言は、黙示録の封印、ラッパ、鉢の裁き、再臨、最終的なさばきといったテーマと響き合い、聖書全体における終末論の土台を形作っています。


🖼️ 原画:『オリーブ山での説教』(らけるま作)

オリーブ山で、イエスが弟子たちを前に語りかけている様子。木々に囲まれた場所で、弟子たちは静かに耳を傾けている。
オリーブ山にて、終わりの時について語られるイエス。静かに集う弟子たちの心に、主の言葉が深く染み渡っていきます。(マタイ24章)

📖 聖句:マタイの福音書による イエスの預言と最後の教え(24:1–26:5)

※聖句はパブリックドメインの口語訳聖書を引用しています。
https://j-bible.jimdofree.com/


🪷やさしい解説

受難の時を目前にして、イエス様はオリーブ山に座し、弟子たちに静かに語られました。
それは、世の終わりに起こること、備えるべき心、そしてやがて訪れる御国についての、愛に満ちた預言でした。

この24章から26章5節までの流れには、主のまなざしと御心が深く刻まれています。
恐れではなく希望へと導かれるその言葉に、今を生きる私たちも耳を傾けてまいりましょう。


1「世の終わりの前兆と迫害」マタイ24:3-14

24:3 またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」。
24:4 そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。
24:5 多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。
24:6 また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。
24:7 民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。
24:8 しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。
24:9 そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。
24:10 そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。
24:11 また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。
24:12 また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。
24:13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
24:14 そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。

弟子たちは「いつ、どんな前兆でそのことが起こるのか」と尋ねました。イエスは、戦争、飢饉、地震、迫害といった世の混乱は終わりの始まりにすぎず、まだ完成ではないことを語られました。信仰者は憎まれ、多くの人がつまずく中で、偽預言者たちの出現もあります。しかし、福音は全世界に宣べ伝えられ、それが終わりの到来のしるしとなるのです。→ 黙示録6章:封印の裁き(白・赤・黒・青ざめた馬)


2「ユダヤへのさばきと偽預言者出現の予告」マタイ24:15-28

24:15 預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、
24:16 そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。
24:17 屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。
24:18 畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。
24:19 その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。
24:20 あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。
24:21 その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。
24:22 もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。
24:23 そのとき、だれかがあなたがたに『見よ、ここにキリストがいる』、また、『あそこにいる』と言っても、それを信じるな。
24:24 にせキリストたちや、にせ預言者たちが起って、大いなるしるしと奇跡とを行い、できれば、選民をも惑わそうとするであろう。
24:25 見よ、あなたがたに前もって言っておく。
24:26 だから、人々が『見よ、彼は荒野にいる』と言っても、出て行くな。また『見よ、へやの中にいる』と言っても、信じるな。
24:27 ちょうど、いなずまが東から西にひらめき渡るように、人の子も現れるであろう。
24:28 死体のあるところには、はげたかが集まるものである。

イエスは、ダニエルが語った「荒らす憎むべき者」が聖所に立つとき、逃げるように警告されます。これはエルサレムの滅亡を指しているとともに、終末の出来事のひな型でもあります。偽キリストや偽預言者の出現、人々を惑わす奇跡などが語られ、信仰者は惑わされないように備えるよう求められます。→ 黙示録13章:獣と偽預言者の登場


3「人の子の来臨」マタイ24:29-31

24:29 しかし、その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。
24:30 そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
24:31 また、彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして、天のはてからはてに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。

太陽は暗くなり、星が落ちるなど、天地に異変が起こる中、「人の子のしるし」が現れ、イエスが再臨されることが語られます。そのとき、御使いたちは主に従う者を四方から集めるとされ、終わりの日の勝利と救いの希望が告げられます。→ 黙示録19章:白馬に乗って来られるキリスト


4「来臨を待つ心構えについて」マタイ24:32-44

24:32 いちじくの木からこの譬を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる。
24:33 そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
24:34 よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。
24:35 天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない。
24:36 その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。
24:37 人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。
24:38 すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。
24:39 そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。人の子の現れるのも、そのようであろう。
24:40 そのとき、ふたりの者が畑にいると、ひとりは取り去られ、ひとりは取り残されるであろう。
24:41 ふたりの女がうすをひいていると、ひとりは取り去られ、ひとりは残されるであろう。
24:42 だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。
24:43 このことをわきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、目をさましていて、自分の家に押し入ることを許さないであろう。
24:44 だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。

いちじくの木のたとえを通して、終わりのしるしを見分けることが求められます。しかし、日や時は誰も知らないため、常に目を覚まし、備える心が必要であるとイエスは語られます。主の来られる時に恥じることのないように、今を誠実に生きることが大切です。


5「主人を待つしもべたちの態度」マタイ24:45-51

24:45 主人がその家の僕たちの上に立てて、時に応じて食物をそなえさせる忠実な思慮深い僕は、いったい、だれであろう。
24:46 主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。
24:47 よく言っておくが、主人は彼を立てて自分の全財産を管理させるであろう。
24:48 もしそれが悪い僕であって、自分の主人は帰りがおそいと心の中で思い、
24:49 その僕仲間をたたきはじめ、また酒飲み仲間と一緒に食べたり飲んだりしているなら、
24:50 その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰ってきて、
24:51 彼を厳罰に処し、偽善者たちと同じ目にあわせるであろう。彼はそこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。

主人が遅れて帰ってきたときに、忠実に仕えていたしもべは祝福され、報いを受けます。しかし、主人の帰りが遅いからと不真面目になったしもべは、裁きを受けると語られます。主の再臨を待つ姿勢として、誠実な毎日の積み重ねが求められます。


6「十人の娘のたとえ」マタイ25:1-13

25:1 そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。
25:2 その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。
25:3 思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。
25:4 しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。
25:5 花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。
25:6 夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。
25:7 そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。
25:8 ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。
25:9 すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。
25:10 彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。
25:11 そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。
25:12 しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。
25:13 だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。

花婿を待つ十人の娘のうち、賢い五人はあらかじめ油を備えていましたが、愚かな五人は準備していませんでした。花婿が来たとき、準備していた者は宴に入り、備えていなかった者は門の外に取り残されます。主を迎える備えは、今この時の歩みによって成されることを教えています。

この「婚宴」は、黙示録19章に記される「子羊の婚宴」――すなわち主イエスの再臨後に開かれる千年王国の喜びの始まりとも理解されます。

ここで注意したいのは、このたとえがしばしば「携挙」と混同されがちであるという点です。携挙はキリストの花嫁である教会が引き上げられる出来事ですが、このたとえに出てくる娘たちは「花婿を迎える側」であり、「花嫁」ではありません。

つまりこのたとえは、携挙の瞬間ではなく、再臨後に御国に入る備えの有無が問われる場面と見るのが自然です。油を備えていた者はその御国に入れられ、備えを怠った者は門の外に置かれます。たとえの背景には、来るべき御国への備えの大切さが強く語られているのです。


7「タラントのたとえ」マタイ25:14-30

25:14 また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。
25:15 すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて、旅に出た。
25:16 五タラントを渡された者は、すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた。
25:17 二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけた。
25:18 しかし、一タラントを渡された者は、行って地を掘り、主人の金を隠しておいた。
25:19 だいぶ時がたってから、これらの僕の主人が帰ってきて、彼らと計算をしはじめた。
25:20 すると五タラントを渡された者が進み出て、ほかの五タラントをさし出して言った、『ご主人様、あなたはわたしに五タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに五タラントをもうけました』。
25:21 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。
25:22 二タラントの者も進み出て言った、『ご主人様、あなたはわたしに二タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに二タラントをもうけました』。
25:23 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。
25:24 一タラントを渡された者も進み出て言った、『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。
25:25 そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。
25:26 すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。
25:27 それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。
25:28 さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。
25:29 おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。
25:30 この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。

旅に出る主人から任されたタラント(金)は、それぞれの能力に応じて与えられました。忠実に働いた者はほめられ、報いを受けますが、恐れて何もしなかった者は叱責され、外の暗闇に追い出されます。 ※1タラントは6000デナリ、1デナリは当時の日当。 神から託された賜物をどう生かすか、私たちの姿勢が問われています。


8「栄光の位からの国民のさばき」マタイ25:31-46

25:31 人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。
25:32 そして、すべての国民をその前に集めて、羊飼が羊とやぎとを分けるように、彼らをより分け、
25:33 羊を右に、やぎを左におくであろう。
25:34 そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。
25:35 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、
25:36 裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。
25:37 そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。
25:38 いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。
25:39 また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。
25:40 すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。
25:41 それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。
25:42 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、
25:43 旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。
25:44 そのとき、彼らもまた答えて言うであろう、『主よ、いつ、あなたが空腹であり、かわいておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』。
25:45 そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。
25:46 そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう」。

人の子は栄光の位につき、すべての国民を羊と山羊に分けられます。飢えた者、渇いた者、旅人、病人、囚人――これら小さき者への愛の行いが、主に対してしたこととして評価されるのです。 このさばきは、**イエス様の地上再臨(黙示録19章)**に続くものであり、ハルマゲドンの戦いの後、すべての国民が御座の前に集められます。そこで、羊(義なる者)は御国を受け継ぎ、山羊(不義な者)は永遠のさばきへと分けられます。 → 黙示録19章:地上再臨とハルマゲドンの戦い、黙示録20章:白い御座のさばきと一致

これらは、ヨハネ黙示録が後に啓示として受けたビジョンを、イエスがオリーブ山であらかじめ語られたものと捉えることができます。イエスご自身の口から語られた終末の預言が、後にヨハネに示された黙示録においてより詳しく展開されているとも言えるでしょう。


9「四度目の十字架の死の予告」マタイ26:1-2

26:1 イエスはこれらの言葉をすべて語り終えてから、弟子たちに言われた。
26:2 「あなたがたが知っているとおり、ふつかの後には過越の祭になるが、人の子は十字架につけられるために引き渡される」。

イエスは弟子たちに向かって、「人の子は過越の祭に十字架につけられる」と語られました。これは四度目の受難予告であり、イエスが自らの死を避けるものではなく、御父のご計画として受け止めておられたことが分かります。


10「イエスを殺すたくらみ」マタイ26:3-5

厳かな表情をした祭司長と長老たちが集まり、陰謀めいた相談をしている様子。彼らはイエスをどう処分するかを密かに話し合っている。(マタイ26:3-5)
祭司長や長老たちは、人々の心を照らすイエスの働きに対し、恐れと敵意を抱き、陰でその命を奪おうと画策していました。静けさの中に重く漂う緊張――それは十字架への歩みの始まりでもありました。

26:3 そのとき、祭司長たちや民の長老たちが、カヤパという大祭司の中庭に集まり、
26:4 策略をもってイエスを捕えて殺そうと相談した。
26:5 しかし彼らは言った、「祭の間はいけない。民衆の中に騒ぎが起るかも知れない」。

祭司長たちと長老たちはカヤパの屋敷に集まり、イエスをだまし討ちにして殺そうと相談します。彼らは祭の間を避けようと考えますが、神のご計画はその思惑を超えて、過越の時にイエスが屠られる「神の小羊」としての成就へと進んでいきます。


🎚️ 弟子の告白

主よ、私は不完全で、恐れや疑いに満ちることがあります。 けれど、あなたの言葉が私の心を照らし、歩む道を示してくださいます。

オリーブ山で語られたあなたの預言を、私は心に刻みます。 それは終末の知らせであると同時に、あなたの限りない愛の証でもありました。

どうか、目を覚まして備え、忠実に歩む者とならせてください。 あなたの御国を待ち望みつつ、今日もあなたに従います。


🖼 原画アイキャッチ情報

【代替テキスト】

  1. オリーブ山でイエスが弟子たちに教えている様子
  2. 祭司長と長老たちがイエスを殺す計画を密かに話し合う場面

【キャプション】

  1. 終わりの日について語られるイエス。その言葉を静かに受け取る弟子たちの姿が描かれています。
  2. 陰謀の会議。イエスの働きに恐れを抱いた宗教指導者たちの重苦しい表情。

📌原画には、パブリックドメイン口語訳が含まれています。 https://j-bible.jimdofree.com/


🎨 らけるまの創作メモ|オリーブ山を描こうとした日

この絵を描いた日、イエスさまが語っておられる声が心の中で静かに響いていました。 終わりの日を語るイエスさまのまなざしは、恐れではなく希望をもって未来を見つめるまなざしだと思いました。 そのやさしさを、弟子たちの背中越しに伝えたくて、あたたかい色を選びました。


📝この記事のまとめ

  • オリーブ山で語られた終末の預言は、今を生きる私たちへの備えでもある
  • イエスは十字架の死を目前にしても、最後まで弟子たちを導かれた
  • 主を待ち望む者の姿勢は「忠実」「備え」「希望」
  • この世の終わりにおける裁きは、主の愛と義の現れ

🕊️ 結びの祈り

愛する主よ、 あなたが語ってくださった言葉は、今も私たちの心に生きています。 どうか私たちが、日々あなたに心を向け、忠実に歩めますように。 恐れではなく、あなたの約束を信じる希望の中に生きることができますように。 この時を読んでくださったすべての方の上に、平安と祝福がありますように。


🔔 次回の予告

次回は、「マリヤの香油注ぎ」ヨハネの福音書12章2-8節 惜しみなく注がれる愛――主を愛する心の姿が、そこにあります。


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