イエスと宗教指導者たちとの対話|マタイの福音書22章15-46

イエスが三つの異なる宗教指導者のグループ――パリサイ人、サドカイ人、律法学者――と対話している様子を描いた、横長の手描き風イラスト。 教えとたとえ話|心に届くことば

🌱はじめに
受難週の火曜日。エルサレム神殿の静かな朝に、次々とイエスのもとを訪れる宗教指導者たち。彼らはイエスを試そうと問いかけますが、イエスはそのすべてに、真理と愛をもって答えられました。そのやり取りは、私たちの信仰に深い問いと光を与えてくれます。



📝この記事を読むとわかること

  • パリサイ人・サドカイ人・律法学者がイエスに問いかけた内容
  • イエスの答えが示す、神の国の価値観
  • すべての掟の中で最もたいせつな戒めとは何か
  • キリストは「だれの子か」に込められた深い意味

📖 この箇所の文脈|神殿で問われるイエスの権威

前回は、受難週の火曜日、イエスは宮で教えている時、祭司長と民の長老が来てイエスの権威について尋ねました。その時、イエスは3つのたとえを話されました。今回は、その続きです。イエスのもとにパリサイ人、サドカイ人、律法学者たちが来て、次々と質問を投げかけます。その意図は、イエスを言葉の罠にかけようとするものでした。しかし、イエスは一つひとつの問いに、静かに、深く、神の知恵によって応えられたのです。


🖼️ 原画:『イエスと宗教指導者たちとの対話』(らけるま作)

イエスが群衆と宗教指導者たちに囲まれ、デナリ銀貨を見せながら語っている様子。マタイ22章15–22の場面「カイザルへの納税」。
神のものは神に―― イエスは人々の試みに対し、静かに真理を語られました。 「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい。」(マタイ22:21)

イエスが、復活を信じないサドカイ人たちに囲まれ、静かに答えている場面。マタイ22章23–33より。
「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。」(マタイ22:32) 人間の理屈を超えた、いのちの神秘に触れるイエスのまなざし。 復活を信じる希望が、そこにあります。
イエスが穏やかな表情で教えを語り、人々に「心を尽くし、神を愛しなさい」と語る場面。マタイ22章34–46の場面。
「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ。」(マタイ22:37) 信仰の根本にあるのは、神への愛と、隣人への愛―― イエスはその本質を、静かに、しかし力強く教えてくださいました。

🪷やさしい解説:受難週の火曜日

神殿の境内で、イエスは宗教指導者たちと対話を重ねます。それはただの議論ではなく、神の国の価値観がどこにあるのかをあらわす、霊的に深いやり取りでした。


「カイザルへの納税」マタイ22:15-22

パリサイ人とヘロデ党の者たちが、イエスを罠にかけようとして「カイザルに税を納めるのは正しいことですか」と問いかけます。イエスはデナリ貨を見せ、「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」と語られました。この言葉には、信仰者としての責任と、神への絶対的な帰属が込められています。


「復活についての質問」マタイ22:23-33

復活を信じていないサドカイ人たちが、ある女性が7人兄弟と結婚した場合、復活の時には誰の妻になるのかと質問します。イエスは「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」と答え、神の国ではこの世の枠を超えた新しい命があることを示されました。

この「神は生きている者の神である」ということばには、深い意味が込められています。神はただ過去の人々の神ではなく、今もなお彼らと生きた関係を持ち続けておられる方です。たとえ地上の命を終えても、神とのつながりは絶えることがありません。アブラハム、イサク、ヤコブもまた、神の前に生きている者として扱われています。それは、私たちにも与えられる「死を越えるいのち」の希望をあらわしています。

神は、命の源であり、死を超えてなお命を与え続ける創造主です。そして神にとどまる者は、たとえ弱さや限界を抱えていても、神との関係の中で「生きている者」とされるのです。


「たいせつな戒め」マタイ22:34-40

律法の中で一番大切な戒めは何か、という問いに、イエスは「心を尽くし、思いを尽くし、神を愛すること」「隣人を自分のように愛すること」と答えられます。律法のすべてはこの二つにかかっている――イエスは愛を律法の本質として示されました。


「キリストはだれの子か」マタイ22:41-46

今度はイエスの方から問いかけます。「キリストはだれの子か」。人々が「ダビデの子」と答えると、イエスは詩篇110篇1節を引用して語られました。

主はわが主に言われる、「わたしがあなたのもろもろの敵を/あなたの足台とするまで、わたしの右に座せよ」と。

この箇所はダビデによる詩とされています。イエスは、もしキリストがダビデの子であるならば、なぜダビデがキリストを「主」と呼ぶのかと問いかけます。ここでイエスは、キリストが単なる人間の子孫ではなく、神の御子であることを暗示されています。

つまり、キリストとは血統によってだけ語られる存在ではなく、神ご自身から遣わされた救い主である――という深いメッセージが、この問いの中に込められているのです。


🌼こどもたちへのメッセージ

イエスさまは、いろんな人にいじわるな質問をされても、こわがらずに、やさしく、ほんとうのことをお話しされました。イエスさまのことばは、わたしたちの心にも、あかるい光をくれます。


🎚️ 弟子の告白

主よ、わたしはあなたの弟子です。ときに人の目を気にし、問いにうまく答えられず、弱さにゆらぐことがあります。それでも、あなたの言葉を信じ、従っていきたいと願います。主よ、どうか、わたしの心を整えてください。あなたのまなざしの中で、誠実に歩む者であれますように。


🖼 原画アイキャッチ情報

【代替テキスト】イエスが群衆と宗教指導者たちに囲まれ、デナリ銀貨を見せながら語っている様子。
【キャプション】「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい。」(マタイ22:21)
📌原画には、パブリックドメイン口語訳が含まれています。
https://j-bible.jimdofree.com/


🎨 らけるまの創作メモ|まっすぐなまなざしを描こうとした日

この絵を描いたとき、イエスさまのまなざしがまっすぐに人の心を見ていたこと、その静けさと力強さの両方を表現したいと思いました。騒がしい問いの中でも、イエスさまは少しもあわてず、真理だけを語られた……そのやさしさを、色に込めました。


📝この記事のまとめ

  • 受難週の火曜日、イエスは宗教指導者たちと四つの対話をされた
  • 「納税」「復活」「戒め」「キリストの正体」に関する質問があった
  • イエスの答えはすべて、神の真理と愛を示していた
  • 私たちにも問いかけられている「あなたはどう生きますか」という声に、耳を澄ませたい

🕊️ 結びの祈り

主イエスさま、
あなたが静けさの中で語られた、いのちの言葉をありがとうございます。わたしたちもまた、あなたに心を向け、あなたの答えを信じて歩んでいけますように。問われることを恐れず、愛をもって応える者とならせてください。今日この言葉にふれたすべての人の心に、あなたの平安がとどまりますように。
アーメン。


🔔 次回の予告

次回は、「律法学者、パリサイ人のわざわい」マタイの福音書23章1-39節へと続きます。イエスが宗教指導者たちに語った厳しくも真実な言葉に耳を傾けましょう。


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