🌱はじめに
イエスさまは、ご自分が歩まれる十字架の道を、弟子たちにはっきりと語られました。それは恐ろしい未来をただ知らせるためではなく、その先にある希望と救いを示すためです。今回は、三度目となる十字架の死の予告に心を向けてみましょう。
✨ イエスさまの足跡をたどる旅へ ✨
👉
前回の記事「ユダヤへの出発 」はこちらからご覧いただけます
📝この記事を読むとわかること
- 三度目の死の予告の内容と意味
- 弟子たちの恐れと、イエスさまの覚悟
- 十字架の道が語る希望
📖 この箇所の文脈|マルコの福音書10章32〜34節
前回は、マタイの福音書19章1節から20章16節で、離婚に関する教えや、子どもたちの祝福、金持ちの青年の話、そしてぶどう園の労働者のたとえなどを見てきました。その流れの中で、弟子たちは徐々にイエスさまの教えの本質に気づき始めます。そんな中、イエスさまは再び、ご自身の十字架の死と復活について語られます。
🖼️ 原画:『三度目の十字架の死の予告』(らけるま作)

🪷やさしい解説
十字架の道を見つめるとき、希望もまた見えてくる
イエスさまがエルサレムに向かって歩まれる姿は、弟子たちにとって大きな驚きと恐れでした。しかし、イエスさまは恐れに向き合う弟子たちを導き、ご自身の死と復活を三度目に語られます。
「人の子は…引き渡され…殺され…三日の後によみがえる」――この言葉は、ただの悲劇ではありません。死の先にある復活の希望、神のご計画の完成をあらかじめ知らせてくださる、愛に満ちた預言でした。
弟子たちはこの時点で完全に理解していたわけではありませんが、イエスさまの語る言葉は、後に大きな慰めと確信となります。
🌼こどもたちへのメッセージ
イエスさまはこわいことを通ってでも、わたしたちを助けるために進んでいきました。やさしい目をして、お話ししてくれたイエスさまのことばを、わたしたちも大切にしたいね。
🎚️ 弟子の告白
主よ、わたしはあなたについていきたいと願います。わたしの心は弱く、恐れや疑いもありますが、それでもあなたの後ろを歩ませてください。あなたが十字架を見すえて歩まれたように、わたしも御国の希望を見上げて歩みます。
🖼 原画アイキャッチ情報
【代替テキスト】
イエスが弟子たちを導いて歩きながら、十字架の死と復活を三度目に予告している場面。荒れた道を進み、弟子たちは後ろから慎重にイエスを見つめている。背景には広がる丘と空。
【キャプション】
「見よ、わたしたちはエルサレムへ上って行く」――イエスは十字架への道を前もって語り、弟子たちを恐れの中でも信頼へと導かれました。苦しみの先にある希望を、静かに示される場面です。
📌原画には、パブリックドメイン口語訳が含まれています。
https://j-bible.jimdofree.com/
🎨 らけるまの創作メモ|沈黙の中の予告を描こうとした日
このイラストを描いたとき、イエスさまのまなざしの中に「すべてを知っておられる覚悟」と「弟子たちへのやさしさ」が同時にあることを表現したいと思いました。声高に叫ぶのではなく、静かに、それでも確かな言葉で語られる十字架の道。その後ろを歩く弟子たちの戸惑いもまた、私たち自身の姿と重なります。
📝この記事のまとめ
- イエスは三度目の十字架の死と復活を予告された
- 弟子たちは恐れながらも、主の後に従った
- この預言は、苦しみの中にある希望のしるし
- 私たちも弱さの中で主に従う信仰を育てられている
🕊️ 結びの祈り
主イエスさま、あなたが私たちのために十字架の道を歩まれたことを、今日あらためて心に受けとめます。恐れや不安があっても、あなたの後ろを歩くことができるよう、私の心を整えてください。
この記事を読んでくださった方々が、それぞれの道の中であなたの愛と希望を見出せますように。主の平和が、すべての心に届きますように。アーメン。
🔔 次回の予告
次回は、「ヤコブとヨハネの願い」マルコの福音書10章35-45節――人の目に映る願いと、神の国の本当の姿について、いっしょに見つめていきましょう。
📖この記事に関連する御言葉をもっと深く
イエスさまの御業やことばを、心静かにたどってみたい方へ。
テーマごとにまとめたカテゴリをご案内します。
きっと、あなたの今の歩みに寄り添う光が見つかりますように――
↓こちらからどうぞ:
🌱 癒し|病と心の回復🌊 奇蹟|自然を超えた行い
🕊️ 赦しと解放|罪と重荷の自由
📖 教えとたとえ話
👣 応答する人々
🛤️ イエス様の足跡をたどる旅|福音書に導かれる7つのステージ


コメント