🌱はじめに
仮庵の祭り――ユダヤの大きな祝いのひとつ。そのさなか、イエスは密かにエルサレムへと上られ、人々のただ中で語り始められました。
彼の言葉は、人々のうわさと疑いの渦中に静かに響き、やがて大きな約束へとつながってゆきます。
この聖書の一場面から、イエスの静けさと力強さ、そして私たちへの変わらない招きを感じてみましょう。
✨ イエスさまの足跡をたどる旅へ ✨
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前回の記事「イエスに従うことについて」はこちらからご覧いただけます
📝この記事を読むとわかること
- 仮庵の祭りでのイエスの行動と人々の反応
- イエスの教えがどこから来たのかという問いへの答え
- 「生ける水」という御霊の約束の意味
- 現代を生きる私たちへのやさしい励まし
🖼️ 原画:『聖なる日に語られたことば』(らけるま作)



ヨハネの福音書7章10-39節の解説:祭りの論争とイエスの自己宣言
ヨハネの福音書7章10-39節は、エルサレムで祝われた仮庵の祭りにおいて、イエスが公の場に姿を現し、ユダヤの指導者たちや群衆との間で激しい議論を繰り広げた様子を描いています。この箇所は、イエスの教えの権威、ユダヤ人のメシア観との対立、そしてイエスが真のメシアであることを力強く宣言する、ヨハネの福音書の中でも非常に重要な部分です。特に、**「生ける水」**の象徴は、イエスが聖霊を与える者であることを示唆しています。
箇所の文脈
この箇所の直前(ヨハネ7:1-9節)では、イエスが自分の「時」がまだ来ていないとして、最初は仮庵の祭りに公に行かないと兄弟たちに語り、ガリラヤに留まりました。イエスはユダヤ人たちが自分を殺そうと狙っていたため、公の対立を避けていたのです。
しかし、この10節から、イエスは最終的に秘密裏にエルサレムへ向かいます。そして祭りの期間中、神殿で教えを始め、その教えの権威、メシアとしてのアイデンティティ、そしてご自身の起源と目的地について、群衆やユダヤの指導者たちとの間で激しい論争を展開します。これは、イエスの公生涯が終末に向かうにつれて、対立がより激化していく様子を示しています。
🪷やさしい解説
イエスは、人目を避けるようにして祭りの場に姿を現されました(ヨハネ7:10)。
人々の間ではさまざまなうわさが飛び交い、誰もがイエスを評価しながらも、公には語れないような空気が広がっていました。
しかし祭りも半ばとなった頃、イエスは神殿に上って教え始められます(7:14)。
人々は「学んだことのないこの人が、どうしてこんなに深い教えを語れるのか」と驚きました。
イエスは、「この教えはわたしのものではなく、わたしを遣わされた方のものである」と言われます(7:16)。
人の目を気にせず、神の栄光を求める者こそ、真実に近づいていくのだと教えられました。
そして、祭りの終わりの日、イエスは立ち上がり、大声でこう宣言されました――
「だれでも渇いているなら、わたしのところに来て飲むがよい。わたしを信じる者の腹から、生ける水が川のように流れ出るであろう」(7:37-38)
これは、イエスを信じる者に与えられる御霊(みたま)の約束です(7:39)。
今もなお、この「生ける水」は私たちのうちに、静かに、力強く流れています。
🌼こどもたちへのメッセージ
イエスさまは、ほんとうに大切なことを、みんながびっくりするような場所でお話しされました。
「わたしを信じる人のなかには、神さまのいのちが流れるよ」って。
イエスさまのことばを、心にそっとしまっておこうね。
それは、心の中にずっと流れる“いのちのお水”になるんだよ🌼
🎚️ 信仰のことば
「わたしを信じる者の腹からは、生ける水が流れ出るであろう」(ヨハネ7:38)
🖼 原画アイキャッチ情報
【代替テキスト】
1枚目:群衆の中で語るイエスと、それを見つめる人々の姿。人々は戸惑いと興味を抱えつつ、密かにイエスの教えに耳を傾けている。
2枚目:イエスが宮の中で語られる場面。群衆はイエスに対して疑いと期待の混じった思いを抱き、遠巻きにその教えを聞いている。
3枚目:群衆の前で立ち上がり、力強く語るイエス。「生ける水」の約束を語るその姿に、人々は驚きと期待を抱いている。
【キャプション】
仮庵の祭りのさなか、イエスは静かに人々の前に現れ、真理を語られました。
その言葉は今も私たちの心を照らし、聖霊によって命の流れを生み出しています。
📌原画には、パブリックドメイン口語訳が含まれています。
https://j-bible.jimdofree.com/
🎨 らけるまの創作メモ|「生ける水」を描こうとした日
この原画は、にぎやかな祭りのなかで、静かに語られるイエスのことばを表現したいと思って描きました。
群衆のざわめきの中にあっても、イエスの目は一人ひとりにまっすぐ向けられていて、
その語る言葉は、まるで静かな泉から溢れ出す清らかな水のようです。
「生ける水」とは、目に見える水ではなく、心に流れる神さまの命の力。
描きながら、「私のうちにもこの水が流れているんだ」と思い、しずかに胸があたたかくなりました。
📝この記事のまとめ
- イエスは仮庵の祭りの中、神殿で教えを語られた
- 人々の疑いや思惑の中でも、神の真理は語られ続けた
- 「生ける水」とは、信じる者に与えられる御霊の象徴
- 今もなお、その水は私たちのうちに流れている
- イエスの言葉は、今日の私たちにも変わらず語りかけている
🕊️ 結びの祈り
主イエスさま、
あなたが静かに立ち上がられたあの日のように、
どうか今日も私たち一人ひとりの心に、
やさしく語りかけてください。
あなたのことばを信じ、
わたしのうちに流れる「生ける水」を感じながら、
まことのいのちの道を歩むことができますように。
このページを読んでくださったすべての方の心に、
主の平和と導きがありますように――
アーメン。
🔔 次回の予告
次回は、「イエスについての人々の意見の分裂」ヨハネ7・40-52をお届けします。
イエスの言葉に触れた人々の反応――その心の揺れ動きに注目してみましょう。
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