🌱はじめに
イエスさまが捕らえられ、裁きの場へと引かれていくとき、そこには私たちの救いのために静かに歩まれる神の御子の姿がありました。痛みや侮辱を受けながらも、真理を語り続けるイエスさまのまなざしに、私たちは深い愛と希望を見ることができます。
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前回の記事「裏切られ逮捕されるイエス」はこちらからご覧いただけます
📝この記事を読むとわかること
- アンナスの前で尋問を受けるイエスの姿
- イエスがどのように答えたか、その意味
- 弟子としての私たちの心の姿勢
- 原画『アンナスの尋問を受けるイエス』に込められた想い
📖 この箇所の文脈|アンナスの尋問と侮辱の場面
前回は、イエスがゲツセマネの園でユダに裏切られ、捕らえられる場面を見てきました。今回の箇所では、その後イエスがまず連れて行かれたのが、大祭司カヤパのしゅうとアンナスのもとでした。そこでイエスは、弟子たちや教えについて問われ、すべてを公に語ってきたことを静かに証言されます。
しかし、真実を語るその姿に対し、ひとりの下役がイエスを平手で打ちます。イエスはそれに対して「正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか」と静かに問い返されました。この場面には、真理に対して世が向ける不当な暴力と、それに屈しない神の子の尊厳が描かれています。
🖼️ 原画:『アンナスの尋問を受けるイエス』(らけるま作)

🪷やさしい解説
ヨハネの福音書18章12-14節および19-24節は、イエス様の捕縛と、大祭司アンナスによる尋問という重要な出来事を描いています。
この箇所は、イエス様がご自身を律法の権威の上に置く人々の前で、毅然とした態度で真理を証しする姿と、当時のユダヤ教指導者たちの不正な手続きを示しています。
🧐 18章12-14節:イエス様の捕縛
この部分は、イエス様がゲツセマネの園で捕縛される様子を記しています。
- 捕縛の実行: 兵士たち、千人隊長、およびユダヤ人の下役たちがイエス様を捕らえ、縛りました(12節)。これは、イエス様が公然と指導者たちに敵視されていたことを示しています。
- アンナスへの引き渡し: 彼らはまずイエス様をアンナスのもとへ連れて行きました(13節)。アンナスは、当時の大祭司カヤパのしゅうとであり、かつて大祭司の職にあった人物で、依然として大きな影響力を持っていました。
- カヤパの予言: アンナスのもとへ連れて行かれた理由として、14節はカヤパの助言を回想しています。「ひとりの人が民全体のために死ぬのが、あなたがたにとって益である」という言葉です。これは、カヤパが政治的・宗教的な理由でイエス様の処刑を主張したことを示しており、この後の尋問が形式的で、すでに結論ありきであったことを示唆しています。
🗣️ 18章19-24節:アンナスによる尋問
アンナスは正式な裁判権限を持っていませんでしたが、イエス様から情報を引き出すために、夜間に非公式な尋問を行いました。
- アンナスの問い (19節): アンナスはイエス様に、弟子のことと教えについて尋ねました。これは、イエス様の勢力(弟子たち)と、教えの内容(ユダヤ教の律法やローマの支配に対する脅威の有無)を探るためでした。
- イエス様の応答 (20-21節): イエス様は、すべてを公の場で語ってきたと答え、秘密の教えはないことを主張されました。また、隠れて話す必要はなく、教えを聞いた人々に尋ねるべきだと、尋問の不当性を指摘しました。イエス様は、密室ではなく、人々が集まる会堂や宮で教えていたからです。
- 下役の暴力 (22節): イエス様が毅然とした態度で応答したため、一人の下役が「大祭司にそのような答え方をするのか」と言ってイエス様を平手打ちにしました。これは、尋問が公正な手続きではなく、権威による威嚇と暴力に頼ったものであったことを示しています。
- イエス様の再反論 (23節): イエス様は平手打ちに対して、「わたしの言ったことが悪いのなら、悪いという証拠を示しなさい。正しいのなら、なぜ、わたしを打つのですか」と反論されました。これは、公正な裁きを要求し、真理の立場から不正に立ち向かう姿勢を示しています。
- カヤパへの引き渡し (24節): 結局、アンナスは何も決定的な情報を得られなかったため、イエス様を正式な大祭司であるカヤパのもとに、縛られたまま送り届けました。これで、尋問の舞台は正式な大祭司の住居へと移ります。
🔑 解説のポイント
この一連の出来事は、イエス様の受難における不正な始まりを示しています。
- 闇の中の不正: 尋問は、正式な裁判手続きを無視した夜間の尋問として行われました。これは、ユダヤ教の律法に反するものであり、指導者たちが真理ではなく、自己の権益を守るために動いていたことを示します。
- 真理の証し: イエス様は、暴力と不当な権威に対して、怒りではなく論理と真実をもって対抗しました。ご自身の教えが公明正大であったことを主張し、尋問者たちの不正なやり方を指摘することで、真の証人としての役割を果たしました。
- カヤパの影: アンナスによる尋問は、イエス様の処刑という結論へ向かう手続きの一環でした。イエス様が最初にカヤパのしゅうとであるアンナスのもとへ連れて行かれたという事実は、当時のユダヤ人社会における血縁と権力の構造を浮き彫りにしています。
この後、イエス様はカヤパのもとで正式な大祭司による尋問を受けることになります。
🌼こどもたちへのメッセージ
イエスさまは、ほんとうのことを言っただけなのに、うたれてしまいました。でもイエスさまは、うちかえしたり、どなったりしませんでした。しずかに「どうして、うつの?」とたずねました。わたしたちも、イエスさまのように、やさしく、ほんとうのことを言える人になりたいね。
🎚️ 弟子の告白
主よ、わたしもあなたの弟子でありたいと願います。
たとえ理解されず、傷つくことがあっても、あなたのように、真実を語り、静かに耐える者でありたいです。
私の弱さを、あなたの強さで包んでください。
あなたに従うことができるよう、今日も歩ませてください。
🖼 原画アイキャッチ情報
【代替テキスト】
イエスが手を縛られたまま立っており、ユダヤ人の下役がイエスを平手打ちする場面。怒りの表情で指をさす下役と、静かに応じるイエス。背景にはアンナスが座り、尋問の様子を見守っている。
【キャプション】
真理を語るイエスに対し、ひとりの下役が手を上げました。「正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか」――静かな問いかけの中に、イエスの深い愛と尊厳がにじみ出ています。(ヨハネ18:22-23)
📌原画には、パブリックドメイン口語訳が含まれています。
https://j-bible.jimdofree.com/
🎨 らけるまの創作メモ|静けさの中の問いかけを描こうとした日
この絵を描いたとき、「語るべきときに語り、沈黙すべきときに沈黙する」イエスさまの姿を思い描いていました。争わず、怒らず、ただ真実を問いかけるそのまなざしに、私たちが見失いがちな平和と勇気の形を映し出したいと願いました。
📝この記事のまとめ
- イエスはアンナスに尋問されながらも、真理を隠さず語られた
- ひとりの下役がイエスを打つという侮辱を与えた
- イエスは怒らず、正義と愛に満ちた応答をされた
- 私たちもイエスのように、静かに真実を語る者でありたい
- 原画はその瞬間の緊張と愛を静かに描いている
🕊️ 結びの祈り
主イエスさま、あなたが侮辱の中でも真理を語り、静けさの中で愛を示されたことに感謝します。
私たちの心も、怒りや不安にゆらぐときがありますが、あなたの御前で静まり、正しいことをやさしく語る者となれますように。
今日も、あなたのまなざしに導かれて歩ませてください。
読んでくださったすべての方の上に、平安と恵みがありますように。
🔔 次回の予告
次回は、「夜明け前のカヤパと議会による裁判」マタイの福音書26章57、59-68の場面を見ていきます。
偽りと嘲りの中でも揺るがないイエスさまのまなざしと、その沈黙の意味に心を寄せていきます。
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