抜け目ない管理人|忠実な働きと神の律法の前に(ルカの福音書16章1-18節)

橙色の衣を着た管理人と、深い紫の衣をまとった主人が向かい合って話している場面。右側には、ルカによる福音書16章の手書き風日本語本文が縦書きで配置されている。 教えとたとえ話|心に届くことば

🌱はじめに

静かな朝、ふと心に浮かぶのは「私は神の前に正直だろうか?」という問いです。
ルカの福音書16章では、イエス様が「抜け目ない管理人」のたとえを語られ、さらに神の国と律法の真理について教えておられます。
この箇所を読むと、見えない御国の価値に目を向け、日々の小さな忠実さがいかに大切かを思い知らされます。



📝この記事を読むとわかること

  • 「抜け目ない管理人」のたとえの意味と背景
  • 神の前に忠実であるとはどういうことか
  • パリサイ人との対話から見える神の律法の本質
  • 富と神、どちらに仕えるのかという選択の重み

📖この箇所の文脈|失われた者を探してくださる主(ルカ15章から)

ルカ15章では、「失われた羊」「失われた銀貨」「放蕩息子」のたとえを通して、主が悔い改める者をどれほど喜ばれるかが語られました。
神の愛は、迷い出た者を見捨てず、見つけ出し、抱きしめ、祝宴を開いて迎えてくださる愛です。
この流れを受けて、ルカ16章では「見つけられた者」として、神の前にどのように生きるべきか――すなわち、悔い改めた後の歩みについて語られていきます。


🖼️原画:『抜け目ない管理人のたとえ』(らけるま作)

「抜け目ない管理人のたとえ」に登場する、橙色の衣を着た主人と、紫の衣の管理人が向き合って話している様子。背景は白で、手描きの聖書本文が縦書きで添えられている。
ルカの福音書16章9〜18節の本文が丁寧な手書きで縦書きに配置された原画。「パリサイ人の律法と神の国の律法」という見出しが目を引き、背景は白。挿絵はなく、言葉が静かに語りかけてくる構成。

🪷やさしい解説

イエス様が語られたたとえ話や教えは、ときに私たちの常識を揺さぶります。
「抜け目ない管理人のたとえ」もその一つかもしれません。
しかし、そこに込められたのは、神の前でどのように歩むか――
悔い改めた者として、どのように日々を生きるべきかという深い問いかけです。
この章では、たとえ話とパリサイ人との対話を通して、主が私たちに教えてくださる「忠実さ」と「心の向き」について、静かに味わっていきましょう。

「抜け目ない管理人のたとえと主の前での忠実な働き」(ルカ16:1-13)

このたとえは一見、ずる賢い管理人が賞賛されているように見えるため、戸惑う方も多いでしょう。
しかし、イエス様が注目されたのは彼の「抜け目のなさ」ではなく、「この世において賢く行動する姿勢」です。

管理人は、解任される危機の中で、自分にできる範囲で行動を起こし、未来に備えました。
イエス様は、この管理人のように、永遠の御国を見据えて、地上の富を神のために賢く用いるよう教えられました。

「小事に忠実な者は、大事にも忠実である」――日々の小さな選択や行動の中に、御国に向かう心を養うことが大切なのです。

💡なぜ「不正の富」と呼ばれたのか?

イエス様は、地上の富を「不正の富」と呼ばれました(ルカ16:9)。それには次のような意味が込められていると考えられます:

  1. この世の富は不完全な仕組みの中にある
    • 世の中の経済は欲や不平等の中で成り立っており、完全に正しいとは言えません。
  2. 富は永遠ではなく、朽ちるものである
    • 地上の富は必ず失われるもの。だからこそ、それに頼り切るのは不安定で「不義」とも言えます。
  3. 神の義とは異なる価値観に属している
    • 富はこの世のシステムに属し、神の御国の義とは別の枠組みで動いているため「不正」と表現されました。

イエス様は、そんな「不正の富」であっても、それを「御国のために賢く用いるように」と勧めておられます。
一時的で有限な富を、永遠の価値あるもののために仕える道具として用いること――それこそが、天に宝を積む生き方なのです。


「パリサイ人の律法と神の国の律法」(ルカ16:14-18)

この箇所では、富を好むパリサイ人たちがイエス様の教えを嘲笑したことに対し、イエス様が彼らの心の内を見抜いておられる様子が描かれています。

彼らは律法を守ることに熱心でしたが、その実、自分の正しさを人に示すことに心が向いていました。
しかし神は、人の見かけではなく、心をご覧になります。

律法と預言者はヨハネの時までとされ、今や神の国の福音が宣べ伝えられている――これは、神のご計画の転換点を意味します。
真の義とは、律法の形ではなく、心から神を愛し、御国を求めること。
そのような新しい生き方に私たちは招かれているのです。


🌼こどもたちへのメッセージ

イエスさまは、心の中を見てくださる神さまのことを教えてくれました。
お金や持っているものがすごいかどうかじゃなくて、やさしい気もちや、正直な心がたいせつなんだよって。
今日も、イエスさまといっしょに、小さなことを大切にしようね。


🎚️弟子の告白

主よ、私はときに、自分の小さな忠実さを軽く見てしまいます。
見栄えのよい働きではなく、ひとつひとつの祈りや仕える行いの中に、あなたを愛する心を込めさせてください。
この世に生きながらも、御国を見つめて歩めるよう、導いてください。


🖼️原画アイキャッチ情報

【代替テキスト】
1枚目:橙の服の主人と紫の服の管理人が向き合っている様子。聖書の手書き本文が縦書きで添えられている。
2枚目:ルカ16章9-18節の手書きの聖書本文が、静かに語りかけるように縦書きで描かれている。

【キャプション】
1枚目:主人の前に立たされた管理人――裁きのとき、私たちの忠実さが問われる。
2枚目:神と富に、同時に仕えることはできない。御国の価値を生きる選びへと招かれている。

📌原画には、パブリックドメイン口語訳が含まれています。
https://j-bible.jimdofree.com/


🎨らけるまの創作メモ|信頼を問われる日

この絵を描いたとき、「管理人が主人の前に呼び出される場面」は、私たち自身が神の前に立つときと重なりました。
それは恐れだけでなく、愛と誠実さで応えたいという願いでもあります。
神さまは、私たちの忠実さを小さなことの中にも見てくださる――そんな励ましを込めて描きました。


📝この記事のまとめ

  • ルカ15章では、失われた者を喜ぶ神の愛が語られた
  • ルカ16章では、見つけられた者としての歩みが問われる
  • 抜け目ない管理人のたとえは、御国を見据えた賢い備えを教える
  • パリサイ人との対話を通して、心の正しさが神の律法であることが示される
  • 富ではなく神に仕える生き方に招かれている

🕊️結びの祈り

主よ、
日々の小さな働きの中に、あなたへの愛を込めさせてください。
見えないところであなたに従い、心からの忠実さを学べますように。
神と富、どちらにも仕えることはできないと気づき、
私はあなたに従いたいと願います。
どうか、この願いをやさしく育んでください。
今日も、読んでくださった方一人ひとりが、
あなたの光の中を歩むことができますように。

アーメン。


🔔次回の予告

次回は、「金持ちとラザロ」のたとえ(ルカの福音書16章19-31)を取り上げます。
富と苦しみ、そして永遠のゆくえについて、イエス様が語られた真理をご一緒に味わいましょう。


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