🌱はじめに
心を閉ざし、恐れの中にあった弟子たちのもとに、復活の主が現れました。この記事では、トマスの回心を含む「使徒たちへの現れ」の場面を、やさしいまなざしでたどります。私たちもまた、信じることに迷いを抱える時、イエス様の平安の言葉に出会うのです。
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前回の記事「エマオ途上のふたりの弟子たちへの現れ」はこちらからご覧いただけます
📝この記事を読むとわかること
- 閉ざされた部屋に現れたイエス様の深い意味
- トマスの疑いと信仰の告白
- 見ないで信じる信仰への励まし
📖 この箇所の文脈|平安のことばと信仰の回復
前回は、エマオへ向かうふたりの弟子に御姿を現されたイエス様の歩みを見ました。今回は、その続きとして、トマスがいない場で使徒たちに現れ、一切れの魚を食べられた場面が記されています。恐れの中で戸を閉ざしていた弟子たちに、イエス様は「安かれ」と語られ、霊ではなく実体のあるお姿であることを示されました。
また、復活を信じられなかったトマスのもとにも、イエス様はやさしく近づかれます。傷を示し、触れることを許される中で、トマスの心は開かれ、「わが主、わが神よ」という信仰の告白へと導かれます。この流れの中に、信じがたい現実に悩むすべての人への、主のあたたかなまなざしが浮かび上がります。
🖼️ 原画:『使徒たちへの現れ』(らけるま作)


🪷やさしい解説
扉を閉ざしていた弟子たちの部屋に、主イエスは静かに立たれました。恐れと疑いの中にある者にこそ、復活の希望が告げられます
イエス様が十字架で亡くなられたあと、弟子たちは深い混乱と恐れの中にありました。ユダヤ人たちを恐れて部屋に閉じこもっていたその夕暮れ、復活された主は戸を開けずに彼らのただ中に立ち、「安かれ」と語られました。
弟子たちは最初、幽霊を見ているのだと思い、恐れます。しかしイエス様は、手と足を見せ、ご自身が確かに生きていることを証しされます。さらに、焼いた魚を食べて見せるという日常的な行動を通して、彼らの心に安心を与えられました。
ところがその場に、トマスは居合わせていませんでした。彼は「手に釘あとを見、指をそのところに入れてみなければ信じない」と語ります。それから8日後、再びイエス様が現れ、トマスにその願いを受け入れてくださると、トマスは「わが主、わが神よ」と信仰の言葉を口にします。
イエス様は彼に、「見ないで信じる者は幸いです」と語られました。この言葉は、私たち現代の信仰者への励ましとして、今も響いています。
ヨハネ福音書の最後には、こう記されています:「これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである。」(ヨハネ20:30–31)。これは、福音書の目的であり、読者への深い呼びかけです。イエスを信じることは、ただの知識や理解ではなく、命と希望への扉なのです。
🌼こどもたちへのメッセージ
イエスさまは、しんじることがむずかしいときにも、そっとちかづいてくださいます。イエスさまのことばや、てのきずをみたとき、トマスのこころはかわりました。わたしたちも、イエスさまをしんじてあるいていきましょう。
🎚️ 弟子の告白
主よ、私はときに、あなたのことを疑い、見えない中で迷うことがあります。でもあなたは、そんな私の心にも近づき、「安かれ」と語ってくださいます。あなたの傷にふれ、あなたの平安を受けとり、「わが主、わが神よ」と告白できるよう導いてください。見ないで信じる者として、今日も御国の光を仰いで歩ませてください。
🖼 原画アイキャッチ情報
【代替テキスト】
1枚目:復活されたイエスが弟子たちの真ん中に立ち、手と脇腹の傷を見せている。驚きと喜びの入り混じった表情で見つめる弟子たちの姿。
2枚目:復活のイエスがトマスの前に現れ、傷跡を見せている。トマスは驚きと信仰の入り混じった表情でイエスを見つめ、「わが主、わが神よ」と応答している。
【キャプション】
1枚目:閉ざされた部屋の中、弟子たちのただ中に立たれたイエス様。ご自身の手と足を示し、焼いた魚を食べながら、彼らの恐れを平安に変えてくださいました(ヨハネ20:19–23、ルカ24:36–43)。
2枚目:「見ないで信じる者は幸いです」──復活の主は、信じることに迷いを抱くトマスにもやさしく近づき、傷を示されました。トマスの告白は、信仰の奥深さを今に伝えています(ヨハネ20:24–31)。
📌原画には、パブリックドメイン口語訳が含まれています。
https://j-bible.jimdofree.com/
🎨 らけるまの創作メモ|信じられない心を描こうとした日
弟子たちが閉じこもっていた部屋、その静けさと緊張感の中に、突然現れたイエス様のやさしさと真実さを描きたくて筆をとりました。トマスの姿には、私たち自身の葛藤も重なります。「信じる」ことは、見えること以上に深い結びつき。そんな思いで、主のまなざしを描きました。
📝この記事のまとめ
- 復活のイエスは閉ざされた部屋の中にも現れてくださった
- 焼いた魚を食べるなど、実体をもって証しされた
- トマスの疑いにも応えてくださった主
- 「見ないで信じる者は幸い」との励ましは、現代の私たちへのメッセージ
🕊️ 結びの祈り
主イエス様、あなたが今日も私たちのただ中に立ち、「安かれ」と語ってくださることを感謝します。信じることに迷うときも、あなたは傷を見せ、やさしく心に触れてくださいます。どうか、見えない中にあってもあなたを信じ続ける力を与えてください。読んでくださった方の歩みにも、あなたの平安がいつもありますように。
🔔 次回の予告
次回は、「テべリヤ湖畔で弟子たちへの現れ」(ヨハネの福音書21章1–25節)を取り上げます。日常の中に現れた復活の主との出会いを描きます。
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