🌱 はじめに
神の御心が示されるとき、それは必ずしも平安な道とは限りません。
むしろ、苦難や別れ、涙を伴うことさえあります。
ツロを出発したパウロ一行は、カイザリヤに向かいました。
そこで待っていたのは、預言による警告と、人々の切なる願い、
そして「主のみこころが行われますように」という、
信仰の沈黙でした。
📝 この記事を読むとわかること
- ツロからカイザリヤまでの旅の流れ
- 伝道者ピリポの家と四人の娘たち
- 預言者アガボによる苦難の告知
- 人の願いと神の御心が交差する場面の意味
📖 この箇所の文脈
使徒21章7-14節は、パウロがエルサレムへ向かう旅の途中、
カイザリヤに滞在した場面です。
ツロでの別れの後、一行はカイザリヤに着き、
七人の一人である伝道者ピリポの家に泊まりました。
そこに、ユダヤから預言者アガボが訪れ、
パウロに待ち受ける苦難を象徴的に示します。
🖼️ 原画『ツロからカイザリヤへ』(らけるま作)

人の願いを越えて、神にゆだねられた信仰の決断。(使徒21章7-14節)
🪷 やさしい解説
● 伝道者ピリポと四人の娘たち
カイザリヤで迎え入れたのは、
かつてステパノと共に選ばれた七人の一人、ピリポでした。
彼の四人の娘たちは、処女であり、預言をしていました。
ここには、
信仰が家庭の中で静かに受け継がれている姿が描かれています。
● 預言者アガボのしるし
アガボは、パウロの帯を取り、
自分の手足を縛ってこう告げました。
「この帯の持ち主は、エルサレムで縛られる」
これは恐れをあおるためではなく、
備えるための神からの警告でした。
● 人の愛と引き止め
この預言を聞いた人々は、
涙ながらにパウロを引き止めます。
それは不信仰ではなく、深い愛から出た行動でした。
● 「主のみこころが行われますように」
パウロは言いました。
「わたしは、主イエスの名のためなら、エルサレムで縛られるだけでなく、死ぬことをも覚悟しているのだ」
人々はそれ以上何も言わず、
ただこう告白します。
「主のみこころが行われますように」
これは敗北ではなく、
神への完全な信頼の言葉でした。
🌼 こどもたちへのメッセージ
パウロさんは、
こわいことがまっていると知っていました。
それでも、
かみさまがよんでいる道をえらびました。
こわいときでも、
かみさまは、
いっしょにいてくださるよ。
🎚️ 弟子の告白
主よ、
わたしは苦しみを避けたいと思う弱さがあります。
それでも、あなたが示される道に従いたいと願います。
人の声と、あなたの御声の間で揺れるとき、
あなたを信頼して歩める弟子でいさせてください。
御国の希望を胸に、前に進む勇気を与えてください。
🖼 原画アイキャッチ情報
【代替テキスト】
ツロからカイザリヤへ向かう旅路と、預言者アガボがパウロの帯を用いて苦難を告げ、人々が涙ながらに引き止める中で、主の御心に従う決意を示すパウロの姿を描いた原画。
【キャプション】
人の願いを越えて、神の御心にすべてをゆだねた決断。(使徒21章7-14節)
📌 原画には、パブリックドメイン口語訳が含まれています。
https://j-bible.jimdofree.com/
🎨 らけるまの創作メモ|主のみこころに委ねようとした日
この場面を描きながら、
「従う」とは、感情を押し殺すことではなく、
すべてを神に差し出すことなのだと感じました。
引き止める愛も、進む決意も、
どちらも神の前に正直でありたいと願いながら描きました。
📝 この記事のまとめ
- パウロ一行はツロからカイザリヤへ向かった
- ピリポの家で信仰の交わりがあった
- アガボの預言は備えのために与えられた
- 最後に残った言葉は「主のみこころが行われますように」
🕊️ 結びの祈り
主よ、
あなたの御心が示されるとき、
恐れよりも信頼を選べる心を与えてください。
この記事を読む一人ひとりにも、
従う勇気と、深い平安がありますように。
イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
🔔 次回の予告
次回は、「エルサレム到着」使徒21章15-26節。
神の計画が、さらに具体的に動き始めます。
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