🌱 はじめに
嵐のような騒ぎが過ぎ去ったあと、パウロは再び歩き出しました。
それは、華やかな旅ではなく、傷ついた教会を励まし、信仰を確かめ合うための再訪でした。
マケドニヤとアカヤ。
すでに福音が語られ、涙と喜びが積み重ねられた地を、パウロはもう一度訪れます。
この箇所には、前に進みながらも、立ち止まり、人を大切にする信仰の姿が静かに描かれています。
✨ 使徒の働き ✨
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前回の記事「エペソでの騒動」はこちらからご覧いただけます
📝 この記事を読むとわかること
- 使徒20章1〜6節の流れと背景
- パウロが「再訪」を大切にした理由
- 宣教の旅の中にある、人との深い交わり
- 今を生きる私たちへの信仰のヒント
📖 この箇所の文脈
エペソで大きな騒動が起こった後、パウロは弟子たちを呼び集め、励ましの言葉を語ってから別れを告げ、マケドニヤへ向かいました。
彼は各地を巡り、多くの言葉で人々を励まし、アカヤでしばらく滞在します。
その後、ユダヤ人の陰謀を知り、船で行く計画を変更し、再びマケドニヤを経由して帰る道を選びました。
この旅には、さまざまな出身地の仲間たちが同行していました。
教会は一つの場所だけのものではなく、祈りと交わりによって結ばれた共同体であったことが分かります。
🖼️ 原画:『マケドニヤとアカヤ再訪』(らけるま作)

その旅の道のりと、信仰の交わりが一枚の原画として描かれています。(使徒20:1–6)
🪷 やさしい解説
◆ 騒ぎのあとに語られた「励まし」
パウロは、混乱が去った直後に行動しました。
それは叱責ではなく、励ましの言葉でした。
困難の中にあった弟子たちの心を、まず抱きしめるように整えたのです。
◆ 再訪する愛 ― 一度きりで終わらない宣教
パウロは、新しい土地へ行くことだけを重視していませんでした。
すでに訪れた教会を再び訪れ、信仰が根づいているかを確かめ、共に喜ぶことを大切にしました。
神の働きは、継続の中で深まっていくことが示されています。
◆ 危険を避ける判断と、神の導き
陰謀を知ったパウロは、無理をせず、道を変えました。
これは恐れではなく、神の導きに従う知恵でした。
信仰とは、無謀になることではなく、祈りの中で歩みを選び取ることなのです。
🌼 こどもたちへのメッセージ
パウロは、ひとりでがんばる人ではありませんでした。
いつも、だれかと一緒に歩いていました。
つらいとき、かなしいとき、
神さまは「ひとりじゃないよ」と、
そばにいてくれる人を用意してくださいます。
あなたも、だれかと一緒に歩いていいんだよ。
🎚️ 弟子の告白
わたしは、強い弟子ではありません。
迷い、恐れ、立ち止まることもあります。
それでも、主の声に耳を傾け、
完全でなくても、従いたいと願う心を大切にします。
自分を誇らず、御国の希望を抱き、
今日も一歩、あなたと共に歩みます。
🖼 原画アイキャッチ情報
【代替テキスト】
パウロが弟子たちを励ます姿と、マケドニヤ・アカヤ・トロアスを巡る宣教の旅の経路を一枚で描いた原画。使徒20章1〜6節の内容を表している。
【キャプション】
再び訪れ、人を励まし、共に歩むパウロの旅。(使徒20:1–6)
📌 原画には、パブリックドメイン口語訳が含まれています。
https://j-bible.jimdofree.com/
🎨 らけるまの創作メモ|「再び訪れる」を描こうとした日
この原画では、「前に進むこと」よりも、
**「もう一度会いに行く心」**を描きたいと思いました。
信仰は、速さではなく、関係の中で育つもの。
パウロの足取りが、誰かの心に寄り添うように見えたら嬉しいです。
📝 この記事のまとめ
- パウロは騒動の後、まず弟子たちを励ました
- 宣教の旅には「再訪」という大切な意味がある
- 危険を避ける判断も、信仰の一部である
- 教会は人と人とのつながりの中で建てられていく
🕊️ 結びの祈り
主よ、
急ぎすぎてしまう私たちの歩みを、静かに整えてください。
もう一度向き合う勇気、
励まし合う心、
共に歩む喜びを、私たちに教えてください。
この記事を読んでくださった一人ひとりの上に、
あなたの平安と導きがありますように。
イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
🔔 次回の予告
次回は、「トロアスでの語り合いと青年の生き返り|トロアスからミレトへ」
使徒20章7〜16節を、心を込めてお届けします。
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