🌱 はじめに
「終わり」を告げる書として恐れられることもあるヨハネの黙示録。しかし、はじまりの言葉に耳を傾けると、そこには「主の愛と希望」が込められています。
この黙示録は、迫害下にあった教会と信徒たちに、主がいまもともにおられるという確かな励ましを届けるために記されたもの――静けさのなかに、主の声を聴いてみませんか。
👉ヨハネの黙示録まとめ|全体像と解説ガイドはこちらからもご覧いただけます
📌 この記事を読むとわかること
- ヨハネの黙示録のはじまりの意味
- 七つの教会とは何か?
- 苦しみの中にある者への主のまなざし
- 現代に向けられた希望のメッセージ
🖼️ 原画:『アジヤの七つの教会』(らけるま作)

📖 聖書箇所:ヨハネの黙示録1:1–8(抜粋)
「見よ、彼は雲に乗って来られる。すべての人の目が彼を見る。」(1:7)
「わたしはアルファであり、オメガである。」(1:8)
🪷 やさしい解説
❶ 背景と文脈
紀元90年代頃、ローマ帝国の支配下で、キリスト者たちは信仰のゆえに困難に直面していました。ヨハネも迫害され、エーゲ海にあるパトモス島に流されていました。そこに現れたのが、復活された主イエス・キリストの姿です。
❷ 「七つの教会」とは?
アジア(現在のトルコ西部)にあった実在の教会。エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、フィラデルフィア、ラオデキヤ。これらは当時のキリスト教共同体であり、同時に全教会を象徴する数として「七つ」が選ばれたと考えられています。
❸ 現代に向けられたメッセージ
「わたしはアルファであり、オメガである」という言葉は、初めから終わりまでを治める神の主権をあらわしています。不安や混乱の中にあっても、主はすべてを見ておられ、導いてくださる――この約束は、現代を生きるわたしたちにも向けられています。
🖼 原画アイキャッチ情報
【代替テキスト】ヨハネの黙示録1章1〜8節の聖句と、アジアにある七つの教会(エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、フィラデルフィア、ラオデキヤ)の位置を示す地図。
【キャプション】黙示録の幕開け――主からの啓示が、パトモス島にいたヨハネに託され、アジアの七つの教会へと届けられます。
📌原画には、パブリックドメイン口語訳入っています。
🎨 らけるまの創作メモ|アジヤの七つの教会を描こうとした日
ヨハネの黙示録を読みながら、わたしの心にふと浮かんだのは――
「この七つの教会は、実際にはどこにあったのだろう?」という素朴な問いでした。
地図をひろげてみると、エーゲ海に面した今のトルコ西部に、教会の名が点々と並んでいます。そこに生きていた信徒たちは、ローマの圧力の中でも、主のことばに耳を傾け、信仰を手放さなかった人々。
その土地に根づいた祈りの歴史を、目に見えるかたちでたどってみたくて、この地図を描きました。
それぞれの教会に宛てた手紙には、励ましも、戒めも、そして何よりも主の深い愛とまなざしが宿っています。
「あなたのことを、わたしは見ている」
「恐れるな、わたしは最初であり、最後である」
地図の中の点ひとつひとつが、
主のまなざしに包まれていることを、心のなかで感じながら。
この一枚が、あなたの黙想の助けになりますように。
らけるま🕊️
🕊️ 結びの祈り
主よ、
あなたはすべてのはじまりであり、おわりであられるお方。
あなたのまなざしが、歴史を超えて、今を生きる私たちにも向けられていることを、
静かに心に受けとめられますように。
どうか、私たちが日々の中であなたの声に耳を澄まし、
真実に歩む力を与えてください。
アーメン。
📝 この記事のまとめ
- 黙示録は、迫害下にある教会に希望を示す啓示の書
- 七つの教会は、すべての教会と信仰者を象徴
- 「アルファでありオメガである」主がすべてを治めておられる
- 主の声は今もわたしたちに届いている


コメント